歴史

HAMAOKA STUDIOは1970年、前身「浜岡收フォトスタジオ」として写真家 濱岡收により始められました。

当初は嘱託契約をしていた神戸銀行(現 三井住友銀行)の広報写真の撮影が主に行われ、のち1980年銀行を退職と同時に「浜岡スタジオ」と改名、灘神戸生活協同組合(現 コープこうべ)共同購入の商品カタログ(現 「めーむ」)立ち上げから参画、ファッション・家庭雑貨・料理など広範囲にわたり商品撮影を行いました。1995年には阪神大震災で被災。スタジオは全壊し機材の大半を失いましたが多くの方々に支えられ再建、濱岡收が亡くなる2008年まで数々の商品写真を撮り続けました。

撮影は主に愛用のハッセルブラッドを使用、世の中の写真がどんどんデジタルに移行していく中、アナログにこだわり続けたスタジオでした。

 

濱岡收(1932~2008)

兵庫県淡路島生まれ

同志社大学卒業

元JPS日本写真家協会会員・理事歴任

□著書

「六甲山の花」神戸新聞出版 / 「京都巡礼」求龍堂 / 「未明の街」大月出版

□写真展

「ある精神薄弱児施設の記録」1965年 / 「帰れない子どもたち」1968年 / 「六甲山の花」1981年

「洛中彷徨」1984年 / 「記憶のない島」1986年 / 「失われた刻」(阪神大震災)1996年

「日々京都」2001年 他

□メディア発表

朝日新聞「知恵遅れをみんなの問題に」連載 / 毎日新聞「ランドスケープ」写真連載

□作品コレクション

京都府立総合資料館 / 大阪人権歴史資料館 / 兵庫県立美術館